小説・高橋文樹だなあって思った。
感想は帯の見返しにあるQRコードから?noteとかAmazonにしたほうが良いのかな、とか思ったのだけれど、私が高橋文樹という小説家を知ったのはWordPressからなので、感想もやはりWordPressで書いておこうと思う。
出会いは最悪だった。
文樹さん(WordPressのコミュニティの人は文樹さんと呼ぶ人が多い?確かちゃんと断りもなく私も文樹さんと呼ばせてもらっているがご本人がどう思っているかは知らない)の文章に最初に触れたのは、CapitalPというWordPressの日本のコミュニティ参加者にはお馴染みのWebメディアだった。WordPressのコミュニティに入ってからだったか、何方かからこんなのがあるよ、と教えて貰って拝読したのが確か最初だ。
え、なんだこの大上段からの物言い、「筆者」?え?怖いやっぱりWordPressコミュニティ怖すぎる。たかがCMSの話に気取りすぎでしょ、ええしかもお金取ってサロンやってるの?(ちがいます)ええやだもう絶対見ない、CapitalPとか端から洒落過ぎでしょこれ、と思った。のが最初。すみません。
高慢と言い切ることさえ躊躇われるほどの上品さで整えられた文体にすっかり鼻白んでしまった。メディア然とした?文体をということなのだろうと今は分かるのだが、当時の私には完全に過剰に高尚に見えて反発心すら抱いてしまった。経歴を知って更に鼻白む。東大仏文在学中に文壇デビュー?え?どこの文豪よそれ?なんでWordPress???わけがわからないよ。
でも、WordPressコミュニティはそういうわけがわからない経歴の人ばかりという事を知ってから、その点は結構どうでも良くなるというか目立たなくなったというか。文筆家の側面はよく知らないまま、普通にWordPressのコントリビューターとしてだけでもとても素晴らしい活躍をされているので、普通に同じ業界の人として尊敬し始める。私は頭のいい人に基本的に弱い。が、山梨にDIYで小屋を建てたりしてるとか変な小話ばっかり耳に挟んでは、やっぱりわけがわからない変な人だなあ天才って紙一重、と思っていた。
さて、誰かのことや世の中のなにかについて書くということは自分のことを書くということと近しい。よってまあまあ恥ずかしいし誤魔化してしまいたいのだが、どうしたって不可分なので書くしかない。それに耐えても感想を書きたい欲の方が上回るのだから仕様がない。
ともかく本が、とくにファンタジーものが三度の飯より好きな少女だった。県立図書館が遊園地で一日入り浸っても飽き足りない典型的な本の虫だった私は、出産によって以前のように本が読めなくなっていた。全く読めない訳では無いのだが、明らかに出産前とは読解力がガタ落ちてしまってその落差が辛くて小説を読むのを諦めてしまっていた。さすがに出産直後の酷い状態からは回復していても活字だったらなんだって貪っていたような心地には戻れなかった。子どもを産んだことに全く後悔は無いのだが、このトレードオフはなかなかしんどいものがあった。
大好きな小説家が久々に本を出すぞ、と聞いてもなかなか食指が動かないほどの昏さの中、文樹さんの新作が発売されるという話を耳に挟んだ。知っている人が書いた小説というものは読んだことが無かったので別の好奇心で読めそうな気がして手にとった。それが「pとqには気をつけて」だ。いざ読んでみたら、文樹さんのことを知らないで読みたかったと思った。
この時は掲載誌の小説すばるに載っていた他の小説を読んでみてもやっぱり、読めるけれど霧がかったような感覚からは逃れらず読破できなかったのだけれど、文樹さんの作品はそんなことを感じる間も無い濃度だった。以来、出版されているものを見かけたら読むようになって。スルッと読める事自体も嬉しいし、なにより作品が素晴らしい。
今やすっかりファンだ。特にダムの話が好き。好きだけどちょっと怖くて読み返せてない。「いい曲だけど名前は知らない」も処女作と同様いつか手に持って読みたい作品だ。きっと将来、短編集が出ると思って待っている。
WordPressコミュニティでお会いする文樹さんには全く文豪感がない。体格がしっかりされていて、目が鋭くてちょっと近寄りがたい天才エンジニア然としている。きれいなくまさんみたい。でもお話すると気さくに接してくださる。まあ2年ほど実際にはお会いできていないので、今まとわれている雰囲気は知る由もないが。
作品の繊細さと浪漫200%な内容とは一見、全く合致しなくて戸惑う男っぷり。お酒の席などで少しゆっくりお話すれば若干見え隠れしなくもないかな、ぐらいのポーカーフェイス。そのギャップが面白くて、本当は少しでも一対一で話せる機会があればWordPressのことをさておいて、小説家高橋文樹の話が聞きたくてしょうがない私である。
そんなわけで、未だ昔の感覚を取り戻せはしないのだけれど、人生半分終わったなと思っていた私にまた、読書って最高、と思わせてくれて、その点でも大感謝している人だ。
案の定、前置きが物凄く長くなった。私による私のための高橋文樹解説なのですみません、ご容赦ください。
そんな彼のハードカバーである。読みたいに決まってる。
昔の私なら手にした途端に道端ですら読み耽ていただろうが、オトナになったものだ。何にも邪魔されたくなかったので仕事を片して夕飯後にベットに潜り込んでそっと開いた。
紹介文を読んでいると、一見、突拍子もない世界観と思いきや普遍性があって感情移入させられる。田舎育ちでありつつ東京での生活も15年余りになった私にとっては懐かしさすら感じる風景描写も良い。なにより潮さんの痛い感じが昔の自分のようで抉られる。いや今もあまり変わっていないか。後書き?で文樹さんのパートナーの方(しっくりくる呼び名が欲しい)がモデルと知って動揺する。なんというか、小説家の妻になるのって大変だ。でも好きな人の作品に閉じ込められるのは幸せなことかもしれないなあ。
そして、もうひとりの悲劇のヒロイン。皇子と遍人が文樹さんの一人二役だからヒロインも二人要るんだろう。最初の作品が鮮やかに突拍子も無いせいで、すっかり、現実と虚構の境目が分からなくて素晴らしい。現実でもそのぐらいイッちゃっててもおかしくなさそうな非常識な日常風景の描写が程よくて、カントさんが愛おしくさえ思えてくるのが怖い。
それぞれ個別に読んでも面白いのは流石なのだが、ぜひとも、一冊を通して読むのをオススメする。
最後の自身への賛辞か自虐か分からない一文まで含めて、壮大なラブレターを読まされた気分になって本を閉じたらまだ2時間しか経っていなかった。
あっという間すぎる。もっと耽溺したい。と思って直ぐにもう一周してしまった。そんなこと読書人生で初めてだ。
頁毎に表現自体に圧倒される箇所がある。どうしてこんな才能が世にもっと知られていないのか憤慨さえ覚えるのだが、そのお陰で彼とお知り合いになれたのかなとも思う。多分、圧倒的過ぎて世界にまだ仕様がないのだ、世界が彼に嫉妬しているんだろう。
仕様がないとは思うけれど、私はもっと彼の本が欲しいので、みんな買ってください。